杉浦邦恵 SUGIURA Kunié

《電気服にちなんで Ap2、黄色》2002年 ゼラチンシルバープリント 175.3×113.0cm
after Electric Dress Ap2 Yellow, 2002, Gelatin silver print, 175.3×113.0cm

 

杉浦邦恵
SUGIURA Kunié

1942年、愛知県名古屋市生まれ ニューヨークに在住、活動

 

長い間、杉浦邦恵という作家のことが不思議だった。1960年代に単身渡米し、シカゴ美術学校でニューバウハウスの流れを汲む写真教育を受けた。卒業後ニューヨークに拠点を移し、以来今日に至るまでフォトカンヴァスやフォトグラムなどによる実験的な作品を意欲的に作り続けてきた。そうした作家活動の一方で、80年代からは美術雑誌にニューヨークのアートシーンについて数多く寄稿してもいる。このように説明すれば、彼女が日本という枠にも狭義の写真という枠にもとらわれず、ときにはアーティストという立場にすら固執しない、好奇心旺盛で自由な精神の持ち主であることがわかる。そうやって世界一競争の激しい都市のアートシーンを生き残ってきたのだから、さぞかしパワフルで活動的な人なのだろうと想像してしまう。

こちらのそんな憶測を心地よく裏切るかのように、彼女の作品にはつねに息を呑むほどの静寂が漂う。その静寂とは、徹底してひとりであろうとする者だけが獲得し得る繊細さのようなもの、と言えるかもしれない。周囲の雑音をすっと断ち切り、透徹したまなざしで生のありようを俯瞰すると同時に、個別の生へ体当たりする生々しさも手放さない。その両義的ともいえる制作へのアプローチは、彼女が中心的に用いる技法であるフォトグラムによる作品にもっともよく表れている。フォトグラムはカメラを使わず、光を遮断した暗い部屋で制作される。彼女はそこで時間をかけて、生花やウナギ、子猫など、様々な生き物を観察し、けっしてとどまることのないそれらの影を――ときに艶かしくさえある生の痕跡を――印画紙へ落とし込む。そうやって彼女が作り出すイメージの中では、誰もが胎内にいるかのように傷つきやすく、ひとりきりだ。あらゆる生の出発点は、このような場所だったことをつくづく思い起こさせられる。

90年代以降になると、そのフォトグラム作品には草間彌生、ジャスパー・ジョーンズ、村上隆といった著名なアーティストが登場するようになった。この変化はやや意外にも思える。明らかに個性的なアーティストたちとのコラボレーションは、それまで無名の存在と向き合ってきた杉浦の作品に見られた孤独さや静寂さとは一見相反するように思えるからである。しかし改めて見てみると、どうだろう。自ら反射する光を奪われ、単なる影となった彼らの姿は、そのジェスチャーによってかろうじてアイデンティティを保持している。しかしひとり影であるという点では、他のあらゆる存在と何ら変わらない。杉浦はもしかすると、アーティストというアイデンティティすらいったん手放して、あらゆる生がめぐりめぐる円環の中に彼らを、そして自らをも置こうとしているのかもしれない。彼女のまなざしのもとでは、人間の創造性の頂点に立つと言われる存在たちも、まるで作品を見ている者の影のように、生きること、そして作ることの意味を、静寂の中で絶えず問いかけてくる。

竹内万里子「展覧会によせて」、「杉浦邦恵」展、ART OFFICE OZASA、2020年3-4月

 


 

Born in Nagoya, Aichi, Japan, 1942. Lives  and works in New York.

 

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Please refer to the artist’s website for new updates.

https://www.kuniesugiura.com/

 

 

《3本のバラ》1969年 写真乳剤、グラファイト、カンヴァス 97.0×145.0cm
Three Roses, 1969, Photo emulsion, graphite on canvas,  97.0×145.0cm

 

 

《市場の前面》1978年 写真乳剤、アクリル絵具、カンヴァス 61.0×86.4cm
Marketfront, 1978 , Photo emulsion, acrylic on canvas, 61.0×86.4cm

 

 

《子猫の書類》1992年 7点のアルミマウントされたゼラチン・シルバー・プリント、特製の木の棚、テキスト 122×601×18 cm(全体)
The kitten papers, 1992, 7 Gelatin silver prints on aluminum, Wood shelf with Text, 122×601×18 cm (total)

 

All photos credit : SUGIURA Kunié